緑も教養?

最近、配達をして植物の管理方法をお客様に説明し終わるたびに凹んでます。植物に対する知識はいくらでも誰にでもお伝えしたい気持ちでいっぱいで、上手に伝わらないのは説明方法の悪さなのかと思ってましたが、どうやらその情報を解釈してもらうための「直感」が備わっていないと理解が浅くなるようなのです。

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植物は生き物で、呼吸をして光合成をして生きているのだという最も基本的なことが、理屈としてはわかっていても、世話をするときの直感としては身についていない人が非常に多いのですよ。

つい最近までそれを「直感」という言葉では括れていませんでしたが、植物の管理方法や性質の知識だけではわかっていなければいけない何かがかけてしまうのです。いつも上手に伝えられなくてモヤモヤしてはいたのですが、幼少の頃からの素養というか自然物に対する直感というか、もしかしたらこれは植物に対してだけじゃなくてペットのような動物に対しても同じなのかもしれないなと思ったのです。動物がおもちゃのように扱われている最近のペット事情をみていると同じようなことを感じますから、きっと幼少の頃に自然に触れることのない生活をしているとその部分の勘が鈍ってしまうのかもしれませんね。

私も東京で生まれ育っていますが、幸いなことに幼少時代には近所に原っぱがたくさんあって、虫取りや種集めなどわずかに残る自然に親しんだ経験があります。きっとその時のワクワク感が今の仕事につながっているのだと思います。結局その直感というのは、自然物に対する観察力が備わっているのか否かということになるのでしょう。

植物に限ったことではありませんが、見慣れた対象物は細かいところまで観察できますし、見慣れていないと些細な変化に気づくことができません。ということは失敗しても失敗してもまた育ててみる、という経験の繰り返しでしか学ぶことができないのかもしれませんね。もしかしたら教養としての「読書」と同じくらいのものなのかもしれません。読解力も経験を積まないと身につきませんから。

お願いです。枯れてしまっても諦めないでください、植物を育てることを。

2008.3.19  Hitoshi Shirata

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