微生物は想像以上にたくさん存在している

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先日、空気の綺麗なはずの田舎暮らしの方が、空気清浄機を購入したという話を聞いて驚いた。笑い話のような話だが、購入した方はいたって真面目である。寝食する閉じられた空間は、できるだけ清潔な方が健康に良いはずだと真剣に思っているのである。新聞や雑誌やテレビではほぼ全国で似たような情報が流れるおかげで、全国のみんなが除菌されたものに囲まれて、濾過された空気を吸って暮らしてみたいのだ。販促活動に励む家電メーカーの方々は、できるだけ多くの人に買ってもらえる商品を考案して、できるだけ稼ぎたいのである。

都会で育った人にアレルギーやアトピー症の人が多いのは、微生物の少ない住環境で小さな怪我などの経験も少なく、雑菌に晒される機会が少ないため、免疫力が未発達のまま大人になってしまうからである。野原を駆けずり回り、膝こぞうの傷が絶えないような子供時代を過ごした大人の暮らす住空間としては何の問題もないのだが、子供にとって清潔すぎる住環境は重大な問題だ。体内には様々な種類の微生物が暮らし、栄養摂取や免疫機能を支えている。体内微生物の量は、成人男性で約40兆個、重量で2kgほどだと言われている。食べ物や吸う空気を通して様々な微生物が体内に入り、必要な種類はそのまま取り込み、害になる種類を殺すことを日々繰り返している。まず生まれ落ちるときに母親から様々な微生物を譲り受けるがそれだけでは十分でなく、成長過程で次々と微生物を取り込んで免疫力を上げてゆく。幼児が色々なものを舐めたがるのは微生物を取り込むことに繋がる本能的な行動らしく、体内の免疫機能の微生物選別能力の向上に繋がるので、よほど不潔なものを舐めてしまう場合以外はほおっておくことが大切である。床や地面に落ちたお菓子を拾い上げて、土やホコリを払って食べていた、つい数十年前の清潔感を見直すべきなのだ。

植物も同じである。豊かな土地に生きる植物の根には、ぎっしりと様々な種類の菌根菌が付いている。根の周りだけでなく根の中にも入り込んで協力しあう。光合成では作ることができない栄養素をもらう代わりに、光合成で作ったエネルギーの30%を彼らに渡している。根には重なるようにぎっしりと菌根菌が居て、害になる微生物の侵入も防いでくれる。そのため、たくさんの微生物と共生関係をつくる樹木の周りには様々な種類のキノコが生えるのだ。その最も有名なキノコの一つが、赤松と共生関係にある菌根菌の子実体である松茸である。根の活動が活発な場所に多くの菌根菌が居るため、幹から等距離360度にキノコが発生しやすく、松茸が一つ見つかると、次から次へと見つけることができるのはこのためだ。育てている植物の鉢土にキノコが出てくると気持ち悪がる方が多いが、けっして植物の害にはなっていないし、むしろプラスに働いている場合が多い。

昨年、植物の病気などがご専門の東京農大の矢口教授の講義を聞かせていただく機会があった。最も印象に残った話は、桜の葉っぱの表面や葉の内部に居る微生物の数の調査結果である。春の若葉から落葉するまでの葉っぱの内部及び表面の微生物の数を一ヶ月ごとに記録した一覧表をいただいた。若葉の時にはほんの少しだった微生物の数が、落葉前にはぎっしりと生息しているという結果なのだ。空中に浮遊している微生物が湿気や雨で付着したものを葉っぱが選別して取り込むのだ。害になる微生物は、付着している部分を自ら枯らせて下へ落としてその繁殖を防ぐため、そこが穴として残る。菌糸が広がる前に排除し、犠牲となる部分を最小限にとどめて光合成の生産性を維持するのだ。穴のあいた落ち葉をよく見かけるが、虫たちに食われた穴もあるが、自ら開けた穴も相当数あるらしいのだ。葉っぱが落葉した後には腐敗して土に戻ってゆくが、外部から微生物がついて分解してゆくよりもむしろ、葉っぱの表面や内部にいる微生物がその葉を分解してゆくらしいのだ。人の体の表面にも体内にもたくさんの微生物が暮らしているように、植物の体のあらゆる場所にも微生物が居て、宿主と良い関係をを築いているのだ。

10年ほど前に大クレームをいただいたことがある。購入した観葉植物の鉢土に虫がいた。というものだ。電話の向こう側の女性は、いままで多くの観葉植物を購入してきたが、こんなことは一度も無い、そちらが販売している植物はいったいどうなっているのか、っと大声で怒鳴るのだ。植物は気に入っているので、土を全部取り替えろ、植物は枯らしちゃだめよお~、っというお電話をいただき、殺虫剤を持参して伺う結末に......。その土に居た虫は、体長1mmほどの白いトビムシだった。白色ではなく土の色に近い体色のトビムシだったら気にならなかったのかもしれない。トビムシは人間にとってはミミズと同様に益虫であるが、肉眼で確認できるかできないかがクレームになるかならないかの分かれ道なのである。都会では、虫がたくさんいる=不衛生、ということになってしまっているし、「虫が嫌い」と自称することは、いかに都会人なのかを自慢することになっているのだから手が付けられない。ところが、豊かな土、肥沃な大地と言う場合は、とてもイメージが良いのだ、実はこれはたくさんの微生物がいる大地、という意味なので、当然そこにはたくさんの虫が居る。小さな虫たちが有機物を食べて分解してくれないと微生物は生きてゆけないので、虫が居ないはずがないのだ。矢口教授によると、一般的な土には、水分を除いた乾燥土1gの中に10~100mもの長さの菌糸が含まれているとのことだ。たった1gに対してメートルという単位に私は驚いた。

目に見えない大きさの生き物を微生物と言う。目に見えないので、可視化する為の技術進歩とともに研究が進められてきた。そのため微生物の様々なことがわかり始めたのは最近のことだ。私は科学者のデイビッド・モンゴメリー、アン・ビクレー夫妻の共著である「土と内臓」を2017年に読んだことをきっかけに、学校では教わらなかった微生物と動植物の関係の様々なことを知った。この100年ほどの間に日本人の生活スタイルは大きく変わった。ところが肉体の機能や性質は原始時代とほとんど変わらないままなのだ。多くの人は頭脳も体も進化していると思っているかのようだが、情報ばかりが増えて思慮深くはなっていないし、内臓の強度は低下する一方である。豊食と清潔は行き着くところまで来た感があるので、今後振り戻しがあるだろう。少食も広がりつつあるし、インテリはご馳走をあまり食べなくなるかもしれない。清潔もほどほどが良くなり、あえて肥沃な土地で作られた泥つき野菜を好んで食べるようになるかもしれない。虫を毛嫌いするのは一種の病、だと私は思っているのだが、これも改善の方向へ向かうだろうか。それともまだまだ広がってゆくのだろうか。全ての生物は繋がっているのだから、循環のどこかを分断すれば健康を損ってしまうのは当然の結果である。

2019.7.13  Hitoshi Shirata

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